へちま豆知識
へちまってどんな植物? へちまはウリ科の蔓性の1年生植物です。主蔓は、5〜8mぐらい伸長し、節から巻きひげを出して、支柱などにからみつきます。生育旺盛で、高温で肥沃な土地であれば、盛んに分枝し、50m²にも広がります。 へちまってどんな植物?
黄色の可憐な花が咲く 花は黄色で径8cmぐらいあり、雌雄異花で、ともに早朝に開花します。雌花は節に直接つきますが、雄花は節から15〜20cmの花柄を出し、その先に20個前後の花をつけます。 黄色の可憐な花が咲く
へちまの原産地は? 原産地は、インドを中心とする熱帯アジアとされています。栽培の歴史は古く、2000年前からつくられています。中国には、600年頃に伝わり、日本には中国から江戸時代(慶長年間1596〜1615)に渡来しました。 へちまの原産地は?
へちまの歴史は? 古い書物では、「多識編」(1631)には、(倍知麻へちま)の記載があり、「農業全書」(1631)には、若い果実を食用にすると出ています。また、「成形図説」(1804)には、「浮皮を包丁にてこそぎ去り、豚肉、あぶり魚などと煮て食う。みそ田楽として、豆腐あえものとして食う」と記載され、昔から食用とされていたのがうかがえます。 へちまの歴史は?
江戸の女性は美人水として へちま水は、江戸時代中期以降、「美人水」として江戸の女性たちの美肌づくりに重宝がられていました。明治、大正時代も、軒先でへちまを栽培、各家庭でへちま水をつくり、実は垢すりとして愛用されてきました。私たちの祖母や母の代まで使い継がれてきたへちま水は、日本の自然派化粧水の先駆けと言っていいでしょう。 江戸の女性は美人水として
俳人正岡子規とへちま へちまを愛した人に、ホトトギスの正岡子規がいます。「仰臥漫録」には、20余りの句を書き遺しています。結核に苦しんだ子規にとっては、咳止め、痰きりの薬でもありました。「痰一斗糸瓜の水も間に合はず」は、明治35年辞世の句です。今でも、子規が没した9月29日は「糸瓜忌」と呼んで、写実派の俳人は子規を偲んでいます。 俳人正岡子規とへちま